旅の地図



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Friday, March 22, 2013

レンタカー返却

レンタカーの返却のときに、受付のお兄さんからいくらかのしつもんをうさいてから、車の返却のついでに、かれから東京への旅についていける状態かどうかについて、私は行くことはできることを伝えたが、進めはしなかった。彼らは確かに心配している様子でした。車を返しただけなのに、かれは東京へいく機会の確認と、彼らの深刻な思いに私は真剣になった。また、レンタカーの店員から、そのような意見をもとめられるなんて思いもしなかった。

さらに、ガソリンスタンドでのできごと。私はガソリン代を支払いにいったとき、片腕を失った店員がレジをしていた。彼は片手でお金をうけとり、レジをうってほかの店員に声をかえながら私の目をしっかりと見つめてありがとうと声をかけてくれた。わたしはしっかりと生きるべきだと感じた。

車の返却のときに、虹が見えた。私は今回のたびはよいことを学んだと思った。

かれらは私たちにとって機会となった。

明日からフランスのワークショップがはじまる。

Wednesday, March 13, 2013

本日の高速道路400km

本日400kmの高速道路を走破。

初日300km

初日の車の移動は300kmを超えた。全体で3000km弱の移動を12日間でこなさなければならない中で、4箇所のがけ崩れと、1箇所の通行止めに出会った。スペインは雪と洪水に大変厳しい状況意なるが、のりこえて現在は順調に見える。

私たちの生活はすべてアパートメント式のキッチン付である。このような6名の生活を送りながら、加えて移動を繰り返して、私の精神状況も安定し、みなの顔色も非常によい。日々みなの状況は変わり続けているが、それぞれが保管しあっていることが見えないところで達成されているように感じている。この中のさまざまな対応があることは確かで、リセットして、問いだして、いつも求められていることに答えなければならない。

バチカンの状況は近く、生中継を眺めながら旅は続く。

”3月12日雨”

Tuesday, March 12, 2013

断片的な感情と散文的な描写01

"Architecture without Architect"をここに来る前に見てからモロッコの地に着いたことがよかったとおもう。

彼らの探しているのは人が必要と生活のために作る建築およびその仕組みがあって、今の風景であるならば、風の名前は自然の力としての便を図る作用から、状況をしるための風景へと変わった。風のよみかたは一概になれなくなった。モロッコ硬貨にも記されている人工衛星をたよりに、みなが同じ方向を目指しながらある情景が、現代のそ早急な建設とともにつくられている。

”マラケシュ写真美術館 2013年3月11日の風景を見る

ラッパの音ともにライアンエアーは到着した。最速で到着したこと、その記録を更新したことを祝したようなファンファーレであった。モロッコからセヴィージャでの入国管理は厳しいものであった。


”セヴィージャの空港にて”

Monday, March 11, 2013

3月10日に対する3月11日

3月11日にモロッコにいたことによってとても多くのことを学んだことはここに記さなければならない。ちょうど3月11日はマラケシュつまりモロッコの町にいることになり、セヴィリヤ、スペインにむけて準備をしているところである。前日はアルジャディーダからのカサブランカ経由の道中、さまざまなモロッコ人から(わたしにはそう聞こえた)FUKUSHIMAの問題をはじめたこれは。私はモロッコの情勢を心配することが旅の成り行きを決めるためのやりあたであるとすでに信じていなかった。私たちは某モロッコ人からその共通の地理的なかの地に対する話題をフランス鉄道と同じその鉄道の向かい合う密室のなかで共有することになった。私たちはすぐに友達になった。FUKUSHIMAの話題に関して限りなく少ない情報でやり取りしかできないモロッコ人の相当な懸念はむしろ私を安心させた。伝わっているし変わらない。彼らは日本に行くことを相当に心配している、20㌔県内とか30㌔とか私は話してして、そのことでかれらは動揺していた。私の送る情報は新鮮であったとおもう。かれらは近づかない方向性に対する強い意思を持っていたに違いない。その向かい合った席には2名の日本人、2名のモロッコ人がそれぞれ出入りを繰り返していた。その車内は日本の話題で新鮮であった。当時は、私は映画の撮影の場所提供・手伝いをしていた。揺らいでいた気持ちは共通である。その話題はあとで残したいと思う。

日本と中国が持っている問題を、某モロッコ人が中国人はあまり好きになれないことと、私は中国人が好きであることの違いですこし盛り上がった。かれらは中国と日本は問題についても触れてきた。TPPが日本と中国をはじめとしたアジア全体とアメリカとロシアのが複雑に絡んでいることは私はもうすこし英語力が必要であった。彼らはトゥアレグの民族を総称し、サハラ砂漠の中で生きている民族として、ボーダーを設けたことが結局よくあいことであると言うし
私もそう思った。私たちはサハラ砂漠に行かなかった。もう一人のモロッコ人の兄弟はサハラ砂漠を守っている警察官であるという。警察は彼らを守ることに尽くしているのか、観光というテーマに対する資本の確保を目指した政府の戦略かはわからない。

かれは多くのことを話し始めた、農業のことは彼も心配していた。中国との個人的な関係があるかどうかも聞いてきた。私は多くの多様な知識を持っていることを認識したが、それぞれがすこしずつ乏しい。

かれは、顔を合わせなくなり、となりアルジェリア、モラトリア、マリ共和国、エジプト、介入するフランスについてアラビア語をまぜながら話しているのが聞こえた。内容はよくわからないが、かなり起こっているようであった。怒らせてしまった。

モロッコはマリファナであるとか大麻は当然違法である。私は畑に多くの赤い花を眺めながらそれについての話題をやめた。

彼は多くのことを私に教えてくれた。
かれは土建築をベースとした施設がマラケシュにあることを教えてくれた。かれは土建築がおおく在する地方の観光をベースとした勉強、日本語、不動産関係、エコツーリズムを書籍化する活動をおこなっている。

かれは田舎からの帰り道であった。

2013年3月10日は私にとって多くの振り返りをモロッコでおこなった分けである。非常に意味のある今年は本当に運がよい。

Tuesday, March 5, 2013

【定期便】しおり製作完成

全日から始めることになった旅の準備は始まると同時に大詰めを迎えております。製本されたしおりは当日お渡しすることになるでしょう。
今回は旅の途中は有形デザイン機構のワークショップに参加しながら旅を進めます。